地域概況


 胆江地方は岩手県の中南部に位置し、東は北上高地、西は奥羽山脈に挟まれるように、胆沢川流域の胆沢扇状地と北上川流域の沖積平野が拓けています。また、その中央を北上川が流れています。また、北上川西岸の胆沢地方と東岸の江刺地方の頭文字をとり「胆江(たんこう)地方」と呼ばれており、奥州市と胆沢郡金ケ崎町を併せた1市1町からなるエリアです。古来より、この地は豊かな水と肥沃な大地に恵まれていたことから、「続日本書紀」延歴8年(西暦789年)の条には、これを意味する「水陸萬頃(すいりくばんけい)」の地と記されています。初めてこの地を訪れた先人が、ここにある豊かな水と広大な土地を開拓によって結び付けることができれば豊かな暮らしが送れるようになる、と考えたことから開拓の歴史が始まったとされています。


 

JA岩手ふるさとにおけるピーマン栽培の歴史


 JA岩手ふるさとにおけるピーマン栽培は、昭和50年の水田転作を契機として、旧胆沢町の栽培者4~5名(栽培面積20a程度)から始まりました。当初は収穫したピーマンの選別から袋詰めに至るまでが全て手作業であり、出荷調整作業に時間が掛かったことから、栽培規模の拡大は困難でした。そこで、昭和53年に手詰め包装機、昭和54年にコンピュータスケール(自動計量)、昭和55年には専用集荷場、予冷施設、自動包装機を順次導入することで、出荷調製に係る生産者の負担軽減を図り、栽培面積の拡大に繋げてきました。また、ピーマンを導入した当初は露地栽培が主流でしたが、昭和55年に発生した大冷害の教訓からパイプハウスによる施設栽培が推進され、昭和62年のピーク時には栽培面積が50haまで拡大しました。その後は、転作緩和による復田や基盤整備などにより栽培面積は減少傾向で推移してきました。

 

最近の状況(形状選別機の導入)


 JA岩手ふるさとでは、収穫したピーマンを生産者自身で規格別に選別したうえで出荷し、JAにて計量および包装して出荷する体制であったことから、依然として生産者の負担が大きく、このことが栽培規模の更なる拡大を抑制する大きな要因となってきました。この問題を解決するため、平成30年には奥州市胆沢小山にある中央集出荷場に、ピーマンの形状選別機が新たに整備されました。同選別機は荷受けや選果、計量、製品搬送、空箱輸送、情報処理の各設備を備えることで、1日あたり最大で20tの選果能力を誇ります。この形状選別機は、これまで生産者毎に行われていた出荷規格別の選別作業を自動で行うことができるうえ、内蔵されたカメラでピーマンの障害果(尻腐果)を判別し区別することが可能となっていることから、生産者の出荷調整に係る負担軽減に大きく貢献しています。その結果、これまで生産者が選別作業等に割いていた時間を、栽培管理や病害虫の防除作業に充てられるようになり、作付面積や栽植本数の増加による生産量の拡大に結び付くものと期待されています。

 

新たな担い手の確保と育成


 胆江地方では、生産者の高齢化と減少による担い手の不足により、ピーマンの生産者戸数、栽培面積および出荷金額などが伸び悩んでおり、産地の維持・拡大を図っていくため、新たな担い手の確保と育成が喫緊の課題となってきました。そこで、県・市町・JAから構成される胆江地方農林業振興協議会では、就農相談会や現地見学会、農作業体験会などの企画開催により新規就農希望者を広く募集しているほか、研修受入経営体での実践的な研修により、就農に必要な栽培技術や経営管理能力の習得を支援しています。また、関係機関と連携した農地の確保や施設整備などの就農に向けた準備のほか、地域のベテラン農家を‘師匠’として位置付け、連携して就農後の定期的な指導を実施することなどを通して、新規就農者が早期に安定した経営を実現できるような支援体制「胆江地方ニューファーマー育成プログラム」を展開しています。さらに、同JAでは平成29~30年の産地パワーアップ事業を活用したハウスピーマン団地(ビニールハウス計32棟;栽培面積1ha)や、令和2年度のトップモデル産地創造事業を活用したビニールハウスの整備等を推進しており、今後もさらなる出荷量の増加が見込まれています。

 

連作障害対策の検討


 年々と新規栽培面積が増える一方、当地域のピーマン栽培では、同じ圃場でピーマンを毎年栽培することで問題となる、いわゆる‘連作障害’による減収が、安定経営上の課題となっています。なかでも、土壌病害は、一度発生すると防除が困難であったり、対策に多額の費用を要したりすることから、生産者の大きな負担となっています。そこで、当普及センターでは、特に防除が難しい難防除土壌病害として、モザイク病および青枯病の防除対策について、重点的に検討してきました。

 ピーマンモザイク病は、土壌中の植物ウイルスが原因となる病害であり、一旦発病すると瞬く間に圃場内で蔓延し、収量の減少と品質の低下を招きます。このため、当地域ではこのウイルスに抵抗性のある品種の導入率が、ほぼ100%となっています。しかし近年、この抵抗性を侵害する抵抗性打破系統ウイルスの発生が確認されたことから、抵抗性品種に頼らない防除方法の検討が急務となっていました。そこで、ピーマン苗の定植時に土からのウイルス感染を防ぐため、根鉢をちり紙に包んで植える方法(紙包み定植法)を現地で実証し、その防除効果を確認しました。さらに、この防除対策を3年間継続して取り組んだ複数の圃場において本病の発生が収束したことから、当面の防除対策として有効と考えており、今後の普及が見込まれます。

 一方で、ピーマン青枯病は、気温が上昇する夏に突然ピーマンが萎れて枯死するため、経営への影響が特に大きい病害です。対策としては、抵抗性台木の利用による接木苗の導入や土壌消毒の実施が有効ですが、費用や労力面で大きな負担となることが課題となっています。そこで、「転炉スラグを用いた土壌pH矯正手法」という、新たな防除方法について2年間かけて検討し、その有効性を実証しました。今後は、低コストで実施できる第3の選択肢としての活用が見込まれます。

 

取組の成果


 平成23年以降は減少傾向にあったJA岩手ふるさとのピーマン生産者数ですが、前述したような様々な取組により、平成26年を境として増加に転じており、令和元年の新規栽培者は23名の増加となっています。また、令和元年までの5年間で、栽培面積6.8ha(計35ha)、出荷量259t(計1,622t)、販売金額11,200万円(計66,900万円)と、それぞれ増加しており、特にも販売金額については、平成10年に同JAが合併して以来の最高額を更新するなど、産地の取組が実を結んできています。

 近年は、強風や豪雨、高温といった異常気象により、栽培を取り巻く環境が一層困難となっているうえ、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により販売面でも先行きが心配される状況が続いておりますが、「東北一のピーマン産地になる!」という目標へ向かって、これからも生産者、JA、普及センターほか各関係機関が一丸となって突き進んで行きます!

満々と水を湛える胆沢ダム湖「奥州湖」の様子管理が行き届き、緑の壁のようなピーマンの様子ピーマン形状選別機竣工式の様子最盛期には深夜まで選果作業が続く、中央集出荷場就農相談の日の1コマモザイク病対策 ”紙包み定植法” 現地指導の様子(JA職員と共に)


(文:奥州農業改良普及センター 産地育成課 松橋 伊織)